大晦日、格闘技、復活。「RIZIN」について
日本の大晦日に格闘技が復活する。
ファンの間で機運が高まったのは今年の7月だった。フジテレビがCSで放送していた格闘技イベント「巌流島」の放送を突如打ち切るという事態が発生する。巌流島はかつてのK-1の代表、谷川貞治を広報に、もう一度、日本で、地上波で、格闘技を。という格闘技復興をコンセプトに去年の11月に始まったばかりのイベントだ。実行委員長には今回の改造内閣で文部科学大臣として入閣した元プロレスラーの馳浩、実行委員の中には魔娑斗や篠原信一の名もあった。立ち上げからフジテレビがバックアップし、CS放送でルールについて議論する検証番組も放送されていた。番組の名前は「千原ジュニアのニッポン格闘技復興委員会」と「新格闘技・巌流島を盛り上げるTV」。疑心暗鬼は付きまとえど、格闘技ファンはフジテレビがもう一度格闘技をやるつもりなんだと期待と不安を混ぜながら見守っていた。そんな中、フジテレビNEXTで放送が決まっていた第2回大会の放送をフジテレビは大会2日前に中止した。大会のメインには田村潔司の名前があった。谷川広報の話では理由は全く告げられなかったという。その中で、谷川氏はひとつの可能性の話をした。「今年12月31日に巌流島とは違う別の格闘技団体がフジテレビの地上波で放送することが決定しているということはちらっと聞いたんですが、そういうのが理由であるならば、せめてそういうふうに言っていただきたい気持ちです。」そしてそれは、かつてしのぎを削った方々のイベントだと付け加えた。
裏のことは我々にはわからない。そして谷川貞治に対しては格闘技ファンなら各々の想いを抱えていると思う。なのでこの件に関しては言及もしないし、同情もしない。我々ファンはこういう事があったということを、覚えておくだけでいいと思う。
この谷川発言により、ファンの間で様々な憶測が飛んだ。今年の大晦日は何かがあるぞ…、PRIDEなのか?…。ファンは朗報を待ち続けた。
9月、世界最大の格闘技団体UFCに次ぐ第2の団体ベラトールMMAが、これもまた世界最大のキックボクシング団体GLORYと協同でDYNAMITE1という格闘技のビッグイベントをアメリカ、カリフォルニア州で開催した。リングとケージを並べた壮観な景色の会場の中、スペシャルゲストとして元PRIDEの代表、榊原信行が登場した。そこで榊原氏は、今年の大晦日に日本で格闘技の大会を行うことを正式に発表した。そしてこのDYNAMITE1ではFAN FESTAが行われ、その中で世界のMMA Legendが招待されていた。ランディ・クートゥア、フランク・シャムロック、ホイス・グレイシー、エメリヤーエンコ・ヒョードル、そして、桜庭和志。かつて世界最強、60億分の1だった男ヒョードルは、この場で大晦日の日本での現役復帰を宣言した。そしてベラトールMMAの公式Twitterには榊原氏、ヒョードル、桜庭の3ショットの写真がUPされた。
正式な発表があったことで、ファンの憶測は加速した。ヒョードルの相手は?…桜庭が出るのか??…ルールは?‥リングは??…大会は行われるという事実、想像は熱を増す。久しく忘れていた高揚感が戻ってくる。そしてそれは同時に、かつて失くなった事実の痛みも対となって呼び起こす。
そして10月8日、遂に大晦日の大会の正式な公開記者会見が六本木で行われた。
インターネット中継が行われるサイトではカウントダウンが表示されていた。それを眺めながら懐かしさと、不安と期待と、見続けてきた格闘技と自分の気持ちと、高まる鼓動を落ち着けるのが大変だった。
18時半開始予定の会見は定刻を少し過ぎて、会見会場が映しだされた。端から司会のアナウンサーと小池栄子が登場した。格闘技と小池栄子。懐かしさがまた一気に押し寄せる。しかし、話し始めても音声が聞こえてこない。おいおいおい…、待て待て待て…、榊原信行が登場しても、音声は一向に聞こえてこない。自分だけかと思いネットでリアルタイム検索をしてみると、皆そうだった。榊原代表が話し続ける。感慨深そうなのだけは見ればわかった。この時の苛立ちは表現し難い。いきなりコレかと悲しくなってきた頃、途切れ途切れで音声が聞こえてきた。ブツッ、ブツと声が聞こえ始め画面に集中すると榊原代表の「実は色々ネットの中で…」という言葉がループし始めた。音量MAXで待機していた私は「怖いわっ!!」と思わずループ榊原に吠えた。一人で可笑しくなり始めた頃、やっと音声が聞こえるようになってきた。声がダブって聞き取りづらかったが、聞こえないよりはマシだ。深呼吸をし、気を取り直して会見に集中した。
画面ではまだ榊原代表が話していた。無声の間に発表されたらしく、大会名は「RIZIN」というらしい。色々由来の意味はあるのだろうが、私が一番最初にイメージしたのはPRIDEのロゴマークの拳が握っていたあの雷だった。
巷で噂されていた「SAMURAI」よりはよっぽど上等だなと思いながら会見を見ていると、榊原代表が一人の男を呼び込んだ。会見冒頭、小池栄子の登場を見た時から、この流れはあの男もいるのか?と自分の中での期待値は高まっていた。
高田延彦。PRIDEの始まりの男。青春のエスペランサ。平成の格闘王。後にPRIDE統括本部長。今やタレントとして世間への知名度は格闘技界の中で圧倒的だ。
「おかえりなさい」高田への気持ちはこの一言に全て込められる気がする。
会見は続く。JOC名誉会長・日本レスリング協会会長の福田富昭氏が挨拶し、続いてコンプライアンス担当として中村信雄弁護士が登壇した。コンプライアンス・・・クリーンに・・・。過去が頭を過ぎる。うん。頑張れ。それしか言えない。
そして次にフジテレビでの地上波放送が発表された。文頭の「巌流島」の件とどう絡んでいるのかは憶測の域を超えないが、事実としてフジテレビは大晦日に格闘技を放送する。そしてそれは「巌流島」ではない。ということがハッキリとした。
スカイパーフェクTVでのPPV放送、アメリカ地上波でのスパイクTVによる放送も合わせて発表された。スパイクTVの代表と、前述のDYNAMITE1を開催したベラトールMMA代表のスコット・コーカー氏の挨拶。そして世界各地のMMA団体の代表が登壇し、挨拶を行った。リトアニアのBUSHIDO代表ドナタス・シマナイティス氏、ブラジルのJUNGLE FIGHT代表ヴァリッジ・イズマイウ氏、イギリスのBAMMA代表デイヴィッド・グリーン氏。色々なMMA団体があるんだなぁと挨拶を聞いていた自分の頭に何かが引っかかる。、、ん??ちょっと待て、、 ヴァリッジ・イズマイウ、、だと??・・・しばらく思考が停止して、JUNGLE FIGHTってまだやってたんだ、というどうでもいい感想と共にこの名前に関してはスルーすることに決めた。
それどころではない。会見はいよいよ、参戦選手の登場の時間へとなっていた。榊原信行がいる。小池栄子もいる。エメリヤーエンコ・ヒョードルは既に参戦を表明している。そして高田延彦が現れた。なら、あの男は?…。心臓の鼓動は収まらなかったが、半ばどこか確信に満ちていた。そして、彼はいた。
桜庭和志。(いた…いた…、サクだ、桜庭和志だ…。)自分はいち格闘技ファンとして、PRIDEを復活して欲しいとは思っていない。PRIDEが失くなってその後、そのスタッフが作ったDREAMという名の格闘技イベントがあった。個人的にはイベントとしての完成度はPRIDE以上だったと思っている。PRIDEがブラッシュアップされてとても洗練された格闘技イベントだと思っていた。だけどもその夢の舞台も消えた。だから見たいのはその夢の続きだ。過去の再建ではなく、見たことのない、未だ知らない格闘技イベントだ。8年が過ぎている、PRIDEに固執してきたわけじゃない。だけども、、それでも、、、だからこそ、、、、桜庭和志と高田延彦がそこにいる。その意味に、体の震えが止まらなくなる。桜庭が被っていたビッグバン・ベイダーのマスクの下の目に、少しだけ哀しみの色が見えた気がしたのは、きっとそんな自分の心情のせいだろう。
そして噂されていた対戦カードが現実となった。桜庭和志 対 青木真也。PRIDE後のDREAMで団体を、ジャンルを背負おうとした青木真也。かつてのPRIDEの桜庭和志のように。それはとても苦しそうだった、それでも戦い続けてきた男。
青木真也はIGFの猪木会長の赤いマフラー。奇しくも猪木対ベイダーの構図となった両者。強引に当てはめればこの構図は逆となる。このカードをどう見ればいいのか今はわからない。対戦カード発表から大会当日まで、この気持ちと向き合う日々が続く。結局落とし処は見つからないまま、会場へ向かう。この感覚もまた、懐かしい。そして会場で我々ファンは、ただリングの中の現実を見せつけられる。この日、青木真也が言ったように。それがどんな現実でも見届ける。ファンはその覚悟だけを持っていく。
RIZIN。正式名称は「RIZIN FIGHTING FEDERATION」。年末の大会名は「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015さいたま3DAYS」。12月29日と31日の2日間大会を行い、30日にはファンフェスタを予定しているという。ベラトールMMAのDYNAMITE1のようにレジェンドファイターも招待するらしい。29、31日の大会がある日も朝からイベントを行い、年末最後の3日間、あのさいたまの地を格闘技一色に染めると榊原代表は言う。代表は格闘技EXPOという表現を使った。格闘技の万博。華々しいスタートを見たい。そして代表は続ける。
「以前、格闘技界では選手の取り合いなどがありました。私はほかのプロモーターと凌ぎ合いはしたくないので、今回は世界のプロモーターたちとアライアンスを組んで、各大会のトップファイターがチャレンジする舞台を主催者として作りたいと思っています。そこには3つのコンセプトがあります。1つは終焉を迎えようとする選手がもう一度熱狂の中で試合をするための『完結』の舞台。2つ目は、新しい選手のチャレンジの場である『息吹』の舞台。3つ目は、世界中のファイターの誰もが一度は出たいと願う『未来』の舞台。つまり目指すのは、ウィンブルドン、ワールドカップ、オリンピックのような大会です」
「FEDERATION」だと強調した。それに賛同し、協力を得た各国のMMA団体からヘビー級の選手を集め、29、31日でトーナメントを行うことが合わせて発表された。29日に1回戦、31日に準決勝と決勝を行う予定らしい。いきなりまずはNo.1を決めようや、という意気込みを感じるがMMAのトーナメントでこのスケジュールは近年では異例である。決勝まで上がった選手は中1日で3試合。可能なのか不安は残る。
RIZINのルールは1ラウンド10分、2,3ラウンド5分のPRIDE形式であることも発表された。基本的にはPRIDEのルールをベースに肘の使用など今後更に詰めていくようだ。そして選手が戦う場所も、ケージではなくリングだと発表した。「逆行してますかね?」榊原代表は笑っていた。これは決意と覚悟の現れだと、見ているのは過去ではなく今はまだ存在していない未来の空間だと、信じたい。
約1時間半と会見としては長めの会見だった。その間中、感情や意識があっちこっちに飛び過ぎて、終わった後はしばらくぼーっとしていた。サクがいた…高田がいた…サクと青木がやる…。色んな想いが浮遊して、それは1日たった今も同じだ。
簡単には噛みきれない想いはとりあえずそのままに、今はただ「始まった」という事実を嬉しく思いたい。
平成27年10月9日 Nicotina Menthole
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